叶えた夢:アヒルと住む【孵化前の話】
生き物の中でアヒルが一番好きだ。
黄色くてふわふわでぬくもりがあって、
全てにかわいらしさを感じる。
「そんなあひると一緒に住んでみたい。」
ベトナムに来てからこれも夢の一つに加わった。
それは突然やってきた。
ベトナムでは孵化する前のアヒルの卵をゆでて食べる習慣があり、
家で作って食べることもできる。
ある日の夕暮れ、夫と市場の帰りにアヒルの話になった。
そして偶然、玉子を売っているおばさんの前を通りかかったのだ。
夫「これ、温めたらアヒルうまれるかもしれないよ」
私「え、そうなの?そうか、え、生まれたらどうする?家に庭ないし」
夫「生まれたら、運がいいよ。育ててみようか。いくつ買う?」
私「全部うまくいくとは限らないからね、一匹じゃかわいそうだし。5つにしよう。」
ということで、五つの有精卵を購入。
帰り道、電気屋さんで、ケーブルと電球も購入。総合計費用およそ400円。
この日から、私たちの楽しみが一つ増えた。
家に帰って、空き段ボールに買った袋のまま置いた。
「本当に孵化なんてするんだろうか。」と半信半疑な私。
夫は、ちょうどいい高さに電球が来るように、家にあるハンガーでせっせと住処づくり。
夫「ケータイの電気を当てて卵の中を見てみよう。」
そういわれて、電気をつけて、恐る恐る卵に光を当ててみる。
・・・あれ、暗くて何も見えない。
よく卵を見てみると、楕円形だが、とがってる方と緩いカーブの方がある。
完全食と言われる卵。とがっている方には、栄養分があるので、暗くて見えないのだ。
緩いカーブのほうに光を当ててみる。
白くなってて、中が見える。
「おおおっ・・・」
初体験だ。卵の中に、血管があるのだ。そして、時折ぴくぴく動いている。
まだ体の形はわからないが、中心ぽいところ=鳥になる部分はわかる。
その時は、より詳しく見えないかが気になって、3,4時間おきに一度卵をチェックしていたものだ。
卵のおばさん曰く、孵化するまで21日間。
もう10日以上経ってるから、あと一週間くらいで孵化するとのこと。
1日目、2日目くらいは変化がなかった。
3,4日して、だんだん白い部分が狭くなってきた。
脈に合わせてトクトク動いている。そして、たまにぎゅるんというか、びくんというかう動くのだ。
私「成長している!!!」
しかし、残念なことに、一つの卵の動きが途絶えていた。
というのも、卵に張り巡らされていた血管が見えないのだ。
一つ目の卵が産まれる前に死んだ。
塊が見える。
アヒルになるはずだった命。
しかし、卵の中で果てた命。
前日、クーラーをつけてネタので、電気を少し下ろして、より暖かくなるようにした。
それが、まずかったのだろうか。熱すぎたのだろうか。
この経験から、他の子たちを死なせやしないという気持ちが増し、
卵を育てる方法を調べた。
ふむふむ、完全食の卵は、温度によってオスかメスかが、変わるらしい。
たまに卵を転がすことが必要とな。
湿度も関係してくるので、コップに水を入れて、フキンをそばにかけてやった。
5日あたり、影のくちばしが見えたときは、驚いた。
くちばしが、パクパクしているのが見えるのだ!
私「本当に生まれるかもしれない。」
嬉しさと心配。
きっと臨月のお母さんもこんな気持ちなのだろうか。
6,7日目。おばさんがもうそろそろと言っていた期日がやってきた。
卵に光を当ててみる。・・・まだ生まれる気配はない。
しかし、卵の中からかすかに「ぴー」と聞こえた。
私「ねぇ、今ピーって言った!!ピーって言った!!おおお!ピーピーピー!!」
ちび助たちに答えるように、私もピーピー応対、親心が芽生えた。
おもしろい。
ピーと言えば、ピーと帰ってくる。
無視してはいけないような気がして、2,3時間おきに卵にピーと話しかけた。
今ある卵は4つ。ピーとなく卵は2つ。
ピー玉は、時たま殻をコツコツくちばしでつついている。
当たり前だが、どうやって生まれてくるのかイメージがついてなかったが、
一番硬いくちばしで殻を破って生まれてくるのだと気が付いた。
ヒビが入るのが楽しみで仕方なかった。
次の日、何気なくピー玉の一つを見てみると、穴が開いている。
興奮した!「生まれる!生まれる!」
1時間くらい見つめていただろうか。
しかし、変わらない。
そりゃそうだ、時間をかけて殻は破られる。
桃太郎に、おぎゃー!とは出てこないのだ。
もうひとつのピー玉を持ってみる。・・・あれ、心なしか冷たい?
耳を澄ます。・・・あれ、動いていない?
ピーと声をかけてみる・・・あれ、反応ない?
光を当ててみる・・・くちばしはあるが、動いていない。
もう成長部分が大きくて血管は見えないが、目を凝らすと、
先の経験の通り、血管が浮きだって見えてこなかった。
ピー玉が死んだ。
卵の中で死んだ。今朝までピーピー元気にだったのに、どうしてだ。
悲しみが胸に一滴こぼれて、染みわたった。
もともと市場で食用として売られていた卵。
私たちが買わなければどこかの誰かさんの家で、食べられる運命だった卵。
それを私たちが買って温めただけの事。
結局は、食べられてなくなる運命。しかし、納得できなかった。
ピー玉と最初に死んだ2つの卵は、夫が土に埋めてくれた。
残るは、3つ。
残ったピー玉のヒビは変化なし。
私たちはおせっかいにもかかわらず
ヒビを小指の詰め位のサイズまで大きくしてやった。
すると、ピンクのくちばしが見えた。くちばしは、呼吸に合わせて動いている。
私「生きてる!」
もっとヒビを大きくして、楽に生まれて来られるようにしようとする夫。
自分の力で生まれてこないとその後一人で生きられないから阻止する私。
結局、ヒビを大きくしてやろうという事に決まった。
小指サイズから親指サイズになり、卵の1/3の殻をむいてやった。
少々心配もあったが、早く会いたいという気持ちが勝っていたのだ。
そして、卵が重力で生まれるよう開いている方を下にして傾けてみる。
卵を揺さぶるたび、鳥も揺さぶられるが、なかなか出てこない。
私「やっぱりまだ早いかな」と思いつつも、それを続けること30分。
するっと、卵からアヒルが出てきた。
しかし、喜びもつかぬま、その後急激に不安になってきた。
卵から出たのに、まだアヒルは寝ているのだ。
私「自分が生まれたことに気が付いていない!」
よくみると、まだ卵の中の血管もあるし、
おしりのところに緑色の袋が見えるのだ。
調べてみると、これが卵のうで栄養分がたくさん詰まっているらしい。
これが体内に吸収されたら、自力で動けるし、生まれた後1,2日食べなくても生きて行けるらしい。
後悔した。
自分たちのおせっかいで、アヒルを未熟児のまま生まれさせてしまった。
「障害が残ったらどうしよう。歩けるかな。吸収される前に卵のうは乾燥したりしないかな。」
不安だがしょうがない。もう後には戻れない。この経験から以下のことを学んだ。
【過度な手助けは、ちび助たちにとっておせっかいとなる。ちび助たちにはちび助たちのタイミングがあるので、それを妨げてはいけない。でないと、成熟しきらずに生まれてきて、自分が生まれてきたことに気づかないので、危険。見守ることが一番大切。】
寝たきりが続く。
その間も、ピーと言えばピーと帰ってきた。
「よかった、生きてる」
見守る中、もう一つの卵がピーピー言い始めた。
私「元気に生まれておいでよ。自分のペースでいいからね。」
もうすっかりアヒルの気持ちだ。